夕べのひととき

だいぶまえ、関東に出張に行ったときの話である。
私は大阪に帰るため、南武線で武蔵中原から川崎へ向かっていた。
途中の駅から、数人の女のコが乗り込んできたのだ。
高校生であろうことは、制服を着ていることでわかる。
彼女達はドア付近を陣取り、最近の中途半端に低い声でペチャクチャしゃべっていた。

そのうちのひとりに、（ダイエット前の）私より重いであろうと思われる、（横方向に）超巨大なコがいたのだ。
それがいかにも巨大であったので人目を引いた。
車内の全員が一斉に彼女に興味を示したであろうことは、
彼らの視線が、一瞬女子高生の一角に定まり、その後宙に浮いたことで想像がつく。

そんな車内の雰囲気を知ってか知らずか、
その超巨大な女子高生は、カバンの中からおもむろに、通称歯クソ菓子、「カール」を取り出したのである。
（カールって、歯にやたらくっつくでしょ。だから歯クソ菓子）
そして、ボリボリと音をたてて食べ始めたのだ。

新幹線ではない。これから長い旅にでるわけでもない。
時間帯を考えれば、彼女達はこのまま帰宅するはずだ。
よしんばこれからどこかに遊びに行くとしても、その行動範囲の区間などしれたものだろう。
それも今は帰宅ラッシュの時間帯なのである。
我々にはちょっと出来ない芸当だが、まあ、いまどきの女子高生だ。それくらいのことで驚いてはいけない。
だがしかし、私は思ったのだ。

彼女は自分の巨体に悩んではいないのか？

花も恥らう（古い・・・。）女子高生。鬼も十八、番茶も出ばな。
その巨体では他人から、どんな好奇な目で見られているか、わかっているはずではないか。

もちろん、やせるのはむずかしいし、彼女自身あきらめの境地に達しているかもしれない。
それはいい。私もあえて「やせろ」とは言わない。彼女がそれでいいと思っているなら、それもいいだろう。
しかし、私が言いたいのは、

『そもそも目立つ巨体なんだから、満員の電車内でカールを食うなんて人の目を引く行為は慎め！』

ということだ。
これはもうモラルとか、道徳の問題ではない。
それは、君がスレンダーになったとき、初めて問題にできるのだ。

車内にいた全員が、こころの中でツッコミを入れたはずだ。

『おまえは四六時中食うてんのかい！ そんなに食うから太んねん！』

しかし、しかしである。
私がもっとも驚いたのは、その超巨大な女のコが、のたまった次の言葉だった。

『昨日、アタシのカレシがさあ』

？！

お、お前にカレシがおんのかい！！

驚愕とはこのことだ。
嘘だ、ありえない。そ、そんなバカな！
私だけではない、車内にいた全員がそう思ったはずだ。

「友達のてまえ、見栄を張ってデッチあげているのか、
それとも、金目当て、他の女子高生目当ての男にだまされているだけか、
いや待てよ、たしか「デブ専」といって、そういう体型の女を嗜好するものが、
少数ながら存在すると話に聞いたことがある。し、しかし・・・。」

夕暮れの中、あたたかな食卓が待つそれぞれの家に帰ろうとする人を乗せて、列車は川崎へと走っていた。
しかし、私が乗っていた２号車だけは、車内全員の頭が、余計な想像でフル回転していた。