川の流れに身をまかせ（その2)

インストラクターは妙にもみあげの目立つ、声がＴＯＫＩＯの城島君そっくりの、
いかにもアウトドア派のお兄さんだった（以下城島君と呼ぶ）

今回のスクールの参加者は、我々の他は、男二人、女二人の計六人である。
とりあえず、簡単な説明の後、準備体操する。
これは入念にしておかなければ。
新緑の春とはいえ、まだまだ水温は冷たい。
城島君は、

「沈するのは、２００人に一人くらいですよ」

なんてお気楽に言うが、水中でこむらがえりなんかした日にゃ、目も当てられない。
それに、身障者と思えるほどの運動音痴のボクだ。２００人に一人になる可能性は、充分に高いではないか。

言い忘れたが、［沈］とは、その字がしめす通り、身体が水中に沈むこと。
つまり、バランスを失って、舟がひっくり返ってしまうことだ。
本当は、ひっくり返っても、クルっと舟を回転させて元に戻るテクニックがあるのだが（ロールと言う）、
初心者というか、カヤック初体験のボクらに、そんな高等なこと、できるわけがない。
ロールは上級者のテクである。
ロールができないものは、沈したら「沈脱」と言って、舟から抜け出てくるしかないのである。

さて、準備運動の後、それぞれ自分のカヤックをかついで川に下りる。
城島君はさすが手馴れたものだ、軽々と舟をかついで、岩場を降りて行く。
ボクらも真似して肩にかつぐ。

「痛い！」

このカヤック、重さ２０キロくらいで、かつげないほどの重さではないのだが、
かつぐ時に肩で支える部分が異常に細いのだ。
肩にカヤックが食い込む。岩場を降りるたびに、２０キロが、筋肉のない肩に食い込んで骨にまで衝撃が来る。
これだけで、相当な重労働だ。
とたんに、後悔し始める。
やはり、非力なボクにできるスポーツなど、この地球上にありはしない。

さて、やっとのことで、川辺に下り、それぞれカヤックに乗る。
そのとき、改めて参加者のカッコを見てみる。

・・・みんなそれなりのカッコ（ウエットスーツだよ）である。
当然だ。
真夏でもないのに、水遊びをするのに、ジャージでくるヤツもいないだろう。
ライフジャケットとヘルメットがなければ、どう見てもジョギングのカッコだ。

まあいい、めったに沈しないと、城島君も言っていたではないか。
今日、水に浸かることはないだろう。
そう言い聞かせて、カヤックに乗った。


さて、このカヤックという代物。想像以上に小さい。
冒頭の写真を見てもらうとわかるが、すごく狭いのだ。
足を入れる場所がないじゃないか。
ムリからに足を突っ込む。
足がつらい、というか痛い。
こ、この状態で数時間もいるのは、つらすぎるぞ。

私がそう感じるくらいだから、超ヘビー級のＹ氏など、とんでもない状況になっているだろう。
そう思って彼を見ると、やはり、相当四苦八苦しているようだ。
座席を一番後ろに設定し、パッドを取り、背もたれを取り、
まるでシビックに乗ったハイタワー（映画ポリスアカデミー参照）のように、いろんなパーツを外していく。
それでどうにかおさまったようだ。

とりあえず、静かな水面で自由に漕いで見る。

「まっすぐ進めない？！」

舟が曲がる、というかスピンするのだ。
スイープと言って、舟の進行方向を曲げる漕ぎ方も教わったのだが、
左にスイープを入れているのに、右に曲がり始めると制御不能になり、スピンするのだ。
意外に難しい。
城島君は、

「はっきり言って、自転車をこぐくらい簡単なスポーツです」

といったが、それは嘘だ。
運動のセンスのある人間には、センスのない人間など理解できないだろう。

しばらく自由に漕いでいると、城島君は、

「じゃあ、みんなこっちに集まってください」

と言った。
行きたいところにも行けないような今の状態で、こっちに来いもないもんだ、
と思いながら、舟の向きを変えようと思ったとき、悲劇は起こった。
目的の方向に身体をひねったとき、バランスが崩れ、「あっ！？」と思う間もなく、舟がひっくり返ってしまった。

「沈」である。

やはり、ボクは２００人に一人になってしまったようだ。
この事態を意外に冷静に受け入れることができたのは、
「この世に自分ほど信用できないものはない」という、超後ろ向きな性格が幸いしたためだ。
沈脱は、自分でも驚くほど冷静に対処することができた。
これでもう、恐いもの無しだ。ボクは沈脱のプロである。なんでもこいや！

城島君の手助けにより、再びカヤックに乗ってみんなの元に戻ったとき、
みんなは拍手喝采で出迎えてくれた。

「ミスター沈」

手を上げてその声援に答えたが、ボクのこころの中では、
「Ｙ氏には悪いが、これでもうカヤックをやることはないだろう」と、漠然と考えていた。


ところが、ふしぎなことが起こった。
その後、Ｙ氏も含め、他の人たちも次々に沈してしまい、
結局、６人中、４人が沈してしまうという、異常事態になってしまった。
こうなるともう、「２００人に一人」のほうが、怪しくなってしまう。
城島君はしきりに、「おかしいなあ」を連発していた。

そして、ボクの「ミスター沈」の称号は、「沈１号」に変更された。